江戸時代東照宮周辺図 ◆愎昔了ァ 1



図1【薬師橋から100メートル北の東照宮に分岐する道北】


図2【現在の位置(Map Fan)】

2007年07月04日(水) No.7 (ものしり知識)

江戸時代東照宮周辺図 ◆愎昔了ァ 2



図1【上:大門と大辻の東南角】【下:大門と下町との境界道路の西角】


図2【現在の位置(Map Fan)】


図1【八日市と南大門の接続道路の北東角】


図2【現在の位置(Map Fan)】

世良田東照宮奉祀にあたり、将軍家は神領内を守護不入、殺生禁断の地として保護した。
守護不入は、訴訟刑罰等の権力を持った役人であっても領内に於いてはその職権を行使することは出来ない。神領内は神領目代の菊池家がその取締りを担当する。
殺生禁断は、神領内での鳥・獣・魚などの狩猟を禁ずることである。

御神領入り口の4箇所には神領札が設けられ、その大きさは高さ5メートル・幅40センチの牓示杭であった。札には「これよりどの方 御神領 殺生禁断」と告示されていた。
また、東照宮の神領田(現 太田市小角田町)の三枚橋東の石田川の川岸とそれより二町西の道北の場所に、高さ7メートル・幅60センチ同文の牓示杭2本が設けられ、遠方からも確認することができたという。



2007年07月04日(水) No.6 (ものしり知識)