世良田東照宮屋根と神社の銅葺き屋根


     

【手前:唐門屋根/奥:本殿屋根】

現在、様々な理由により瓦葺きの屋根の神社もあるようであるが、世良田東照宮では瓦葺きが禁止されていた。
御宮創建当初は、全てが檜皮葺き(ひわだぶき)の屋根であったが、寛政8年(1796)の大修復時に銅葺きに改修され、現在も銅葺き黒漆塗り金箔押で仕上げられている。

そもそも瓦葺きの屋根とは、江戸時代中期までは武士・江戸や街道沿いの町屋以外の家での使用は禁止。寛政4年(1792)になり瓦屋根が庶民にも認められ普及していったようである。

手元資料に、御宮の瓦屋根に纏わる記録があるので紹介する。
『天保15年(1844)5月15日、御宮外遷宮参詣にあたり副奉行作事奉行堀伊賀守利堅の代参として目付井戸大内蔵覚弘と一行28名が来る。(代参になったのは5日前に江戸城本丸が炎上のためである)村役人は中瀬(深谷市)まで、年行事と用部屋領分は境(伊勢崎市)まで出迎え。御宮着き、一同拝礼。
天保15年(1844)5月16日、目付井戸大内蔵覚弘の家臣、太刀・馬代として白銀射1枚と進献物(三束三巻樽肴膳菓子)を献備。此の夜、東照宮様の御仮殿屋根へ土を上げる事もってのほかとして、瓦葺きから板葺きへと改修。』
とあり、翌17日牛刻の御宮外遷宮までには板葺きへと改修されたのであろう。18日、御宮引渡し式。27日、御釿始式が斎行。9月3日に正遷宮が執り行われている。

瓦葺き屋根は、神社全般に於いては古来より使われる伝統がなかったことと、仏教伝来より寺院建築が瓦屋根の使用をしているところからか好まれなかったなどと言われているが、上記でもあるように『神様が祀られる建物に土を被せることは論外』ということが本来の意であるのであろう。
2007年07月16日(月) No.12 (ものしり知識)