江戸時代東照宮周辺図А 惴羔/絨羝佑噺羔―蝓


※以下 ○印…御供水井戸 / ●印…御供所

○御供水井戸は、御宮創建時に幕府により掘られた井戸で、神前に供えるための水を汲むために用いられていた。享保19年、昭和57年に崩埋したが、その都度再建がなり現在に至る。近年は、由緒正しき御神水として「お水取り」に来宮される方が増えている。

●御供所は、御宮創建時に幕府により建立。神前へのお供えを調理する場や徹した御神酒を頂戴する直会場であった。昭和39年より日光東照宮から建物とともに移築された御宝物を陳列する宝物館として現在に至る。



○ 正徳4年(1714)7月21日、七代家継公、世良田東照宮大修復。外遷宮。家康公着初め鎧の箱・御宮供水井戸、新規に造替え成る。

○ 享保19年(1734)、御宮御供水井戸、崩埋に付き修繕願い出す。

○● 元文 元年(1736)9月17日、世良田東照宮正遷宮。本殿・唐門・瑞籬・拝殿・鳥居・御黒門・本地塔・御供所・御供水井戸・稲荷社・比叡社をはじめ、東照宮付属建造物として長楽寺御宝蔵・上使門・太鼓門・三仏堂・蓮池橋などの諸堂社が修復された。

● 宝暦9年(1759)11月18日 、利金79両をもって御宮本殿(屋根上屋を杉皮で覆う)・御拝殿・御唐門塀・御供所・番所・表塀(板囲い)等の仮繕成る。

● 明和3年(1766)5月27日、世良田東照宮修復にあたり、諸役人拝礼。終えて御供所にて神前にお供えした御神酒を下げ御神酒頂戴。葵御紋付の三方に乗った土器にて一同拝戴。土器は拝戴者がそのまま懐に入れてお開きとする。

● 天保14年(1843)2月、東照宮御供所、倒壊。

● 天保15年(1844)4月18日、東照宮御供所の新築工事始まる。

● 天保15年(1844)5月13日、御仮殿(兼御供所)新築成る。

○ 昭和57年(1982)8月、世良田東照宮御供水井戸、崩没する。

○ 平成15年(2003)12月15日、世良田東照宮「御供水井戸」再建成る。
2007年07月25日(水) No.13 (ものしり知識)