江戸時代の御宮拝礼場所




江戸時代、世良田東照宮の境内へは現在のように自由に参入することは出来ませんでした。平常は表門(御黒門)外からの参拝であり、民衆が門を潜ることが出来るのは4月17日の例大祭(家康公薨去日)と正月17日、当地鎮守社例大祭日の計3回のみでありました。しかし本殿はおろか拝殿前まで上がることは言語道断であり、玉垣下の階段前までと決められておりました。

本殿前で参拝をするということは不可能であり、拝殿への昇殿が最も高格の身分となります。殿内に昇殿できるのは、一万石の大名以上。拝殿廊下までは、将軍に謁見できる御目見以上(二百石以上の旗本)。拝殿階段下までは、御目見以下(二百石以下の御家人)であります。

明和3年(1766)5月27日、徳川十代将軍家治公の修復後に幕府の役人が参拝している記事を記す。

『諸役人拝礼にあたり、表門と本殿前の唐門が開扉され、御神前に御神酒が供えられ、拝殿階下に畳が敷かれ、その側に手水鉢が用意される。』
『下奉行は長裃を着用、被官・小役・大棟梁等は麻裃を着用。僧正は拝殿廊下左方に着座。院代ほかは拝殿階段下に並ぶ。下奉行は拝殿階段下にて長裃を下ろし初穂料を役僧に渡し、役僧はこれを殿内の机の上に献ずる。下奉行は廊下にて拝礼、僧正挨拶。以下御目見以下は拝殿階段下にて拝礼。』とある。

現在は、表門(御黒門)は平常開扉され、ご自由に境内参入とご参拝は出来ます。重文指定の拝殿・本殿、宝物館の拝観に関しましては、観光案内ページhttp://www.net-you.com/toshogu/kankoh.htmlをご覧下さい。
また正月3ヶ日は時間指定もございますが、重文本殿前でのご参拝が可能となります。初詣・八番矢ページhttp://www.net-you.com/toshogu/hachiman/index.htmlをご覧下さい。
2007年09月05日(水) No.27 (ものしり知識)