御宮近隣の歴史散歩 ◆敕憩岨稲荷社】


        

【東照宮周辺図 天徳寺稲荷社の位置】

未だに調査報告が成されない社の第二段は、『天徳寺稲荷社』である。
現太田市世良田町内に鎮座するこの社は、民家の庭先にあるため、許可無く立ち入りは出来ません。

弘化二年(1845)の「世良田郷絵図」「上毛新田世良田略絵図」で確認が取れるものの、その由緒は不明といっても良いであろう。とにかく資料がないのである。

地元の方に聞くところ、現在の建物は昭和30年(1955)以降に社の近隣者によって再建されたものであるとのこと。社の虹梁部分は若葉の彫刻が成されているが、材木の質は良いものではなく、その彫りも素人の彫りであることが分かる。

     
        【現在の天徳寺稲荷社】  

当地鎮守社に御霊は移遷されたとのことであるが、崩れかけた建物の内部を覗くと、御鏡や御幣の棒などが瓦や壁などの下敷きになりながらも確認することが出来る。御鏡の裏面には文字の確認は取れず、鏡台は些か新しく思えた。

また、この社地には明治時代ころより昭和中期まで御岳教の先達が居住していたとのことで、社殿内で火を用いての祈祷が行われていたとのことである。内部に残る大きな火鉢のようなものがそれに使われたものであるかは定かではない。

そもそもは江戸時代、またそれ以前は僧侶により祀られていたものであり、御岳信仰とともに先達により引き継がれたのではと想像する。




2007年11月07日(水) No.48 (ものしり知識)