世良田の鎮守社


     

 【江戸時代の東照宮周辺図】
http://www.net-you.com/toshogu/edozu.html

”稱神社(ちちかた)、∧貶神社(ははかた)、子方神社(こかた)の祭神は明確ではないが、文化年間(1804〜1818)の神号額の裏面書には、「父方は新田義貞、母方はその夫人を祀る」とある。

弘化二年の世良田郷絵図によれば、父方神と母方神の文字右側に『古鎮守』と記されていることから、当地の元々の鎮守社であったのではないかと思われる。

      

現在、父方神社と母方神社の両社は痕跡も留めていないが、子方神は東照宮の西側に現存している。
上野誌によると「新田大明神、義興(よしおき)の霊を祀りて今ここにあり」と記されている。


父方神が新田義貞、母方神が抜鉾神社神主の天野時宣の女、子方神を新田義興とする祭神であるのかもしれない。






2009年04月24日(金) No.160 (ものしり知識)